人が人といるために、必要なもの。『九つのいのち』

アーシュラ・K・ル=グウィン著、
風の十二方位から「九つのいのち」の読書感想。

自己と他者という普遍的なテーマ。
それまでの身内を失うことで他者を受け入れる過程。
この物語はSFであることが効果的だ。
しかし必須ではない。

 物語は惑星の開発を行う二人のもとへ新しい作業員が送られてくるところから始まる。
作業員は全員で10人。彼らは同じ顔をしたクローンだった。
同じ場所で、効率的な作業をするために、計画的に生み出された彼ら。

己を愛するように汝の隣人を愛せよ……その古い難題はついに解決した。隣人は自分であり、愛は完成された。

P.233

 この一文に示されるように、10人のクローンは互いを補完し合い、
一見すると完全な関係を作り上げている。
元からいた二人の作業員は「未知の人間の未知性(P.223)」への恐れや
彼らの閉鎖的な関係のそばにいることに、居心地の悪さを感じる。

そんなある日、彼らの惑星を地震が襲い、
10人のクローンの内、9人が死んでしまう。
なんとか助け出された残りの1人も、大けがを負い、
半身以上・・とも言うべき9人を失った衝撃に打ちひしがれる。

残された1人(カフ)はこれまでクローン、己とすべてを一にする存在の中にいた。
それはクローンにとって自己と向き合いつづけることと同じであり、
他者はその世界に存在しなかった。
クローンは誰かにおやすみを言うことすらなかった。

「カフが自分以外のだれとも知りあわなかったことに、きみは気づかないのか?」

P.261

生き残った1人は元からいた二人との共同生活の中で、次第に肉体的な回復を見せる。
しかし、その精神は混乱を残す。
けっして暖かいだけではない交流の中で、
クローンは二人の作業員が他者同士であるのにもかかわらず、
クローンたちがするような親しみをもって接する姿に衝撃を受け、
自身もやがてその世界に踏み出す。

 

この物語は、クローンの価値観、
私たちが経験したことのないはずのそれを
共感しうる価値観としてえがき、
人間そのものを描写していた。

「(前略)暗闇のなかでは、手をつなぎあうしかないじゃないか」

P.269

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