『エイン博士の最後の飛行』
ジェイムズ・ティプトリー・Jr.著、
『愛はさだめ、さだめは死』から
『エイン博士の最後の飛行』の読書感想。
表題作を始め、この短編集は愛の話が多い。
それも狂人の純粋な愛。
このタイトルもまた、エイン博士の愛の話だった。
純粋でかなしい愛の話。
エイン博士は女と同行していた。
傷つき病んだ彼女は誰にも気づかれることなく
エイン博士の旅路のそばにいた。
エイン博士は彼女を愛していた。
彼女はいつでも美しかったが、ときに残酷だった。
エイン博士は方々を旅行する。その旅の目的は、
後半明かされる恐ろしい目的の実行であるとともに、
『最後の飛行』。彼女と歩める最後の旅を楽しむ。
きっとその思いもあったのだろう。
その彼女の実体が明らかになるのは遅い。
しかしそれまでに彼女についての描写は多岐にわたる。
エイン博士は目的地にて、科学者を前にして長々と演説を打ち、
その最後に白血病ウイルスの変異誘起と改造について語る。
始まるパニック。逃げ出す群衆にエイン博士はこう告げる。
「――試みは無駄なことです」
P.150
そして立ち去る博士。
逃げきれるわけもなく博士は拘束される。
拘束されたエインのうわごとから浮かび上がる女の姿
エイン博士のいとしい彼女の正体。
一見、目の滑るようなエロティックな彼女の描写が違う情景を見せてくる。
古典的な叙述もの、と呼ぶよりだまし絵とでも称するのがふさわしい
そのくらい鮮やかな描写だった。
作者にだます気がある文章だけれども、
エイン博士にはそう、見えていたのだろう。
エイン博士の強い感受性。女への深い愛。
それを思わせる美しさ。
エイン博士は彼女に呼びかける。
「おまえは恐竜たちに何をした?あんなものがいては目ざわりだったか?どんなふうに始末した?(後略)」
「おまえは熊のことを考えたことはないのかな?(中略)ひょっとして、おまえ、どこかに救っておいてないかな?」
P.153
女の冷たさへの怒りと、ほんの少しの希望を呟き、
エイン博士はその旅路を終えた。
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